阿井莉沙にロンドンハーツ ポン村上が熱愛告白!?
渥美清ってどんな人?
本名 田所 康雄
たどころ やすお
別名 寅さん、風天(俳号)
生年月日 1928年3月10日
没年月日 1996年8月4日(満68歳没)
出生地 日本・東京府東京市下谷区
(現:東京都台東区)
職業 俳優、コメディアン
ジャンル 映画・テレビドラマ・舞台
活動期間 1951年 – 1996年
配偶者 あり
家族 父:田所友次郎
母:田所タツ
兄:田所健一郎
主な作品
映画
『拝啓天皇陛下様』
『男はつらいよ』シリーズ(全48作)
『八つ墓村』
『幸福の黄色いハンカチ』
『キネマの天地』他
テレビドラマ
『渥美清の泣いてたまるか』
『男はつらいよ』他
受賞
・1988年 紫綬褒章
・1996年 国民栄誉賞
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一発ギャグ
一発ギャグ(いっぱつギャグ)とは、芸のひとつで、短時間内の言動や仕草により見る人の笑いを誘うもの。
一発ギャグ 概要
主にお笑い芸人が行う。
数秒から十数秒という短い時間における発言(内容および口調)や動作の奇怪さでボケるもの、自分以外の奇怪な人物が近くにいる・もしくは奇怪な状況に自分が置かれていると設定してこれに突っ込んだりさらにボケるもの、ダジャレ、モノマネの変種など多岐に渡る。
作成手段によって分類した場合、披露者が事前に用意したいわゆる「持ちネタ」とアドリブによってその場で作るものの二種に分かれる。笑いにつながらない(ウケない)こともままあるが、作成・披露が比較的手軽なため芸人たちは頻繁に用い、また披露の機会を与えられる(=「振られる」)。
一発ギャグの得意な芸人はしばしばそのギャグをもって一般に認知されはじめ、また時に一発ギャグがもとで人気が急上昇する芸人もある(=ブレイクする)ため、印象を左右する意味で芸人にとって一発ギャグの存在意義は非常に大きい。
ギャグと一発ギャグの関係
一発ギャグは「ギャグ」のなかでも、より瞬間的ならびに爆発的な笑いの喚起を狙うものである。深い要素を練り込み時間差でじわじわと笑わせるようなものは少ない。(思い出し笑いを除く)
関西地方での「ギャグ」という言葉の解釈は、関東地方(日本標準)とは少々意味合いが違ってくる。関西地方では「一発ギャグ」のことを「ギャグ」と呼び、関東(日本標準)における「ネタ」のことを「ギャグ」と表現する。
この差異について、長らく関西地方の人々は気がつかない、もしくは戸惑いつつ受容できずにいたが、現在では関西出身の芸人および一般人は、関東つまりは全国進出の際は、各自が言葉の置換をすることで補っている。
代表的な例としては、現代の一発ギャグの名手として知られ、関西地方出身であるFUJIWARAの原西孝幸のキャッチコピーは、「ギャグを一兆個持っている」であるが、この言葉を関西地方文化圏の人間は素直に理解できるが、関東地方(日本標準)の理解からは『え?一兆個の”一発ギャグ”を持っている、じゃないの?』となる。[1]
一発ギャグで有名な人物
原西孝幸(FUJIWARA)
ワッキー(ペナルティ)
岡田圭右(ますだおかだ)
日村勇紀(バナナマン)
塚地武雅(ドランクドラゴン)
八木真澄(サバンナ)
熊谷岳大(ガリットチュウ)
金成公信(ハローバイバイ)
渡辺あつむ(ジャリズム)
ちゅうえい(流れ星)
多田健二(COWCOW)
大地洋輔(ダイノジ)
ハブ(Bコース)
阿部浩貴(アップダウン)
大川知英(ニブンノゴ!)
レイザーラモンHG(レイザーラモン)
春日俊彰(オードリー)
鈴木Q太郎(ハイキングウォーキング)
猫ひろし
あべこうじ
狩野英孝
小島よしお
エド・はるみ
山崎邦正
村越周司
村上ショージ
一発ギャグ 脚注
^ 明石家さんまが原西氏に対して発言した「原西、お前のギャグはホンマに流行らんなぁ」という言葉も、関東地方(日本標準)の解釈では「お前の一発ギャグは」となる。
オヤジギャグ
オヤジギャグ(親父ギャグ)とは、主に中高年層の男性が頻繁に使う、駄洒落や地口の要素をふんだんに含んだ安直なギャグのことである。
1980年代までは一般によく使われ、あのねのねによって「赤とんぼの唄」、「魚屋のおっさんの唄」をはじめ数々のコミックソングとしてヒットするなど肯定的に受け取られていたが、近年そうした事情を知らない世代の思春期以上のギャグに辟易した若年層によって否定的なニュアンスで使われるようになった。
1990年前半、大阪の府立高校の生徒らが使い始めた[要出典]。これは、団塊の世代が中年となる時期と重なるが、それ以前から似たような内容のギャグは存在している。
中高年男性の増加によりオヤジギャグを聞く機会が増えたこともあるが、その受け手である若者(1980年代半ばの若者は新人類と呼ばれている)との価値観の相違から、「中年男性のギャグはつまらない」という考え方が増え、そういったギャグを総称して「オヤジギャグ」と呼称するようになったと考えられている。
オヤジギャグ 傾向
オヤジギャグは、単純でわかりやすく、安直なギャグであればあまりにも安直であればあるほど、意味がわかるのに笑えないというジレンマが聞き手に苦痛を与える場合がある。
思春期以前の特に男児はオヤジギャグを過剰なまでに好む傾向がある。つまらないギャグをオヤジギャグとくくり、嫌悪する傾向はオリジナリティのなさや安直さを嫌う若者に顕著で、特に10歳代から20歳代前半の若者はオヤジギャグに対して拒否反応を示すこともある。
特に嫌がられる特徴としては、
安直である
同じギャグを何度も言う
下世話である
の三点が最も指摘される。
このうち、3の場合は倫理上問題のある場合があるが、1、2についてはそういったギャグが通用しなくなった時代を嘆く声もある。
もっとも、発する本人もその多くはくだらないことを言うことで親密度を増そうとの意図を持っての行動であり、ギャグ自体が面白くないことは自覚していることも少なくない。
だが、思春期以上の若年層は、ギャグがただ潤滑油としてのギャグであるだけでは満足せず、その内容によって笑えることまでを期待している場合が多い。そのような若者にオヤジギャグを連発しても、ギャグの効果に対する期待のズレからかえって溝を深める結果に終わる。
話し手の人柄さえ認められていれば、多くの場合は好意的に迎えられるが、度を越したオヤジギャグは反感を買うこともある。話し手の思う許容範囲と聞き手の許容範囲は多くの場合食い違っており、話し手がまだ大丈夫だ、と思っていても聞き手はうんざりしていることもあるからだ。
また、オヤジギャグを言うおやじは概して夫婦仲が良いという傾向も見られる[要出典]。実は、オヤジギャグの源泉はおやじの家庭にあり、主におやじがその妻に対して発しているジョークがすなわち、オヤジギャグのルーツであったりする。
そのギャグを聞いた妻は(夫婦仲がいいので)コロコロとよく笑ったりするため、「これはウケた!」とか「オレのギャグもまんざらじゃあない!」などという誤解が生じ、オヤジギャグにさらに拍車がかかってしまう。そのため、おやじはそのギャグがたとえ会社では「ウケ」なかったとしても、家庭に戻るとそれを聞いて笑ってくれる妻がいるがゆえに、決してへこたれることなく、恒久的に自信満々でオヤジギャグを言い放ち続けることが可能となってしまう。
オヤジギャグ 関連調査
2005年1月3日付の朝日新聞によると、日本人の76%がオヤジギャグに寛容な態度を見せている。
代表的なオヤジギャグ
「なに、切痔になったんやて? そら、ひさんや大黒堂」
バッタがトイレで踏ん張った
さいならっきょ
こんばん脇毛
ありがとうがらし
すみま扇風機
こんにちわんこ蕎麦
布団が吹っ飛んだ
そんな洒落、いいなシャレ
今年の残暑はすごいざんしょ
アルミ缶の上にあるみかん
ただいマイトネリウムの元素記号はMt!
おかえリチウムの元素記号はLi!
(椅子に座るときなど)「よっこいしょ ういち」(横井庄一とのダジャレ)
(食事を終えた後に)「美味しかったー(大石勝った)!吉良負けたー!」(忠臣蔵を絡めた駄洒落)
(親戚の太った子どもを見た時など)「将来はお相撲さんだなこりゃ!」
(また、子どもが塩辛などのつまみ系の物を食べている時)「この子は将来大酒のみになるぞ!」
(そんなことはありえないの意)「そんなのタブランだ。」(田淵のランニングホームラン)
(遠足の集合時間に教師が)「みんないるか?……いない人、手を挙げて!」
大袈裟な桁を使う 例:「はい!千円お預かりでお釣り八百万円!」(関西地方で多くみられる)
何でも「夜の」を付ける 例:「趣味は野球です」「夜の野球の方はどうだい? ホームラン王かい?」(セクハラでもある)
(羊羹を食べる前に)「これどうやって食べるか知ってる?よう噛んで食べるんやで!」
(これらのギャグが受けなかった場合に)「違うか!」(受ける受けないとは無関係に、ギャグの結びとして使われる場合も多い)
お笑いタレント
お笑いタレント(おわらいタレント)は、主にテレビ番組において面白いことを言うなどして視聴者等の笑いをとる役割を担うタレント。
お笑いタレントの歴史
喜劇役者・コメディアン、落語家・漫才師/漫談師・コント俳優・声帯/形態模写芸人・奇術師・コミックバンドメンバー、歌手ダウンタウンなどの芸域のどれかに属する。
日本国内のテレビの普及に伴い、もともと舞台をはじめとするさまざまな場所でさまざまな仕方で活動してきた人々がテレビのバラエティ番組に活動の比重を移すにつれ、彼らを総称する呼び方が必要になったため生まれた言い方である。
したがって、お笑い芸人の走りはテレビ放送が始まった当初から存在した。
当時はほとんどが漫才師と呼ばれる2人組で漫才をしたり、数人のグループでコントを行ったりして、笑いを取っていた。関東では占領下でジャズ・バンドを結成していたバンドマンたちがコミック・バンドに転じてさらにテレビでコントを披露するようになったり(ハナ肇とクレージーキャッツ、ザ・ドリフターズ等)、浅草を地盤とする芸人たちがコントを中心に活躍しテレビにも進出していった(コント55号、ツービート等)。
1970年代ごろになると関西の吉本新喜劇や松竹新喜劇などで、藤山寛美、間寛平のように大舞台で演技する多数の喜劇役者が一世を風靡した。のちに、これらがお笑い芸人として活躍することになる。漫才界ではいとし・こいしなどがテレビに登場するなど、お笑いを取る芸人として活躍する。
1980年代中盤には漫才ブームが発生した。バラエティ番組「オレたちひょうきん族」(フジテレビ)では、複数のコントから構成されるため、出演する芸人がベースとする演芸の領域を超える内容となっていた。必然的にこれらの領域は(特に漫才/漫談とコントの間で)ボーダーレス化し、やがて一括して「お笑いタレント」「お笑い芸人」 という言葉で総称されるようになった。
「ひょうきん族」以降、お笑いタレントの主な活動拠点は演芸場からテレビに移っており、その結果、持ちネタや持ち芸を披露する機会は少なくなり、本来の職分である芸人としての彼ら自身と、一般視聴者との中間的存在であることが求められるようになった。 この過程で漫才師出身のビートたけしや形態模写出身の明石家さんま、タモリのように、本来の芸域の痕跡を喪失したお笑いタレントも見られるようになった。
お笑いタレントというカテゴリーが確立して以降、NSCなどお笑い芸人養成学校が開校したり、インディーズ出身のお笑い芸人が出現し、隆盛するにつれ師弟制度が衰退し、先輩芸人に対する「師匠」「兄さん・姉さん」という呼称は一部のごく親しい人間しか用いない傾向にあり「○○さん」と呼ばれることが多くなった。
また、それまでは先輩・後輩関係は年齢に関係なく芸歴を基準とされており、後輩は先輩に対して敬語を使うことが義務づけられる風潮があったが、プロダクションやメディアの多様化によって現在はある程度緩和されている。
吉本興業、松竹芸能などの大手は今でも芸歴での基準を継続させており、養成所へ同時期に入っても一日でもデビューが早かったら先輩になり、当然敬語を使わないといけない。但し他事務所の同い年の芸人に対しては、芸歴が浅くても当人同士が良ければ相応の対応も見られる。
逆にバラエティ番組などで、司会者や出演者が漫才や落語の大物芸人に対して、敬称として「師匠」を付けることの方が一般的となっている(こういう人物の場合は往々にして志願して来た弟子がいる)。
お笑いタレント 概要
バラエティ番組におけるお笑いタレントは、司会者やそのアシスタント、レポーター、クイズの解答者などの立場で出演し、面白いことを言ったり、なにかの行為をする際に失敗してみせたりすることで、笑いを誘発する。これにより視聴者に対し、番組進行のテンポ的起伏、番組で扱う事物への客観性、番組内容への感情移入のしやすさなどを提供する。
バラエティ番組に多く出演し、それなりの芸歴になるとネタをしなくなる傾向があり、劇場付きの芸人、若手はネタ見せをするが、テレビが活動の中心になると年末年始の特番か、笑点の演芸コーナー程度になる。だが、ベテランとなっても定期的にライブを行ったり、テレビ番組などでネタを披露したり、作品をリリースすることに拘るお笑いタレントもいる(爆笑問題、さまぁ〜ずなど)。
お笑いタレントを目指す者は数多くいるが、デビューできるのはほんの一握り程の者だけであり、デビューしてもテレビ番組に出演できるお笑いタレントは少数の厳しい世界である為、デビューして出世、成功したお笑いタレントは、ほんの一握りである。
この為、いい思いをしてきた大御所芸人でさえ弟子入り志願者に対し上記の理由を挙げ丁重に断る場合が多いとされている。ビートたけしはかつて「俺はどんなに見込みや才能がない奴でも本人が志願すれば一定期間面倒を見てきた。世間はボランティアなんていうが俺ほどのボランティアはいないな」という趣旨の文章を「週刊ポスト」の連載や著書で書いていたが、たけしのような例は稀であると思われる。
売れても休みもほとんどもらえず、若手だけでなくそれなりに顔が売れている中堅芸人でさえも休暇を請求するとマネージャーなどにお叱りを受ける場合もある。
また過労やアクシデントで負傷しても大手企業のサラリーマンのような潤沢な福利厚生は受けられず会社によっては自己負担になる場合もある(雇用関係がないので社会保険もなく、よって国民健保)。
山本圭一がかつてラジオで過労で倒れた時、会社から一銭も治療費がでなかったと嘆いていた。加えて、芸能人という職業の性格上、定期健康診断も行わない事務所も多く過密スケジュールの中での体調管理は至難である。実際に芸人の中には中島忠幸、村田渚など早世した者も少なくない。
お笑いタレントとして夢破れてから放送作家に転身する者も多い。その場合芸人同士の繋がりから、仕事をもらう(いわゆる座付き作家)。
また、世界のナベアツのように、芸人と放送作家の二足のわらじで活動するものもいる。
デビューするには、NSC等の芸人養成学校、専門学校に入学、師匠と呼ばれる先輩に師事し弟子入り、面接によるオーディション、スカウトはあるもののネタ見せで認められてのもので、外見がおかしい、顔が面白い等の理由で路上スカウトを受けたという例は無い。いわゆる受け身の性格や、指示待ち人間は向いていないとされている。
お笑い芸人のコンビ仲は、競争意識の高さから「隣の相方が一番のライバル」と呼ばれ、昔から『仲が悪くないと、売れない。』と言われ、舞台では丁々発止のやり取りをするコンビも楽屋では雑談もせず、他の芸人の楽屋に入り浸りというのも珍しくない。
しかし2000年代辺りからは、仲がよいコンビも登場している。(さまぁ~ず、おぎやはぎ等)
近年のお笑い芸人の志向も変わり、おぎやはぎによれば昔は司会者や冠番組を持とうと殺気に満ちていたり、ライバル意識丸出しの芸人ばかりだったが、最近では2番手や所謂ひな壇芸人志望で、丸く収め安定志向と言う芸人が多いそうである。[1]
お笑いタレント 司会業
近年、お笑い芸人の司会業への進出が目覚しく、お笑いブームになると明石家さんま(公式には落語家なのだが高座に上がった事はほとんどない)、島田紳助、山田邦子などの大御所ばかりではなく、タカアンドトシやオリエンタルラジオなどの若手もメインの番組で司会を務める事が多い。
これをフジテレビジョン編成制作局バラエティ制作センター部長の吉田正樹は「お笑いブーム以降、テレビ局にお笑いのテイストが欲しいと考えられた」と語っており、加えて「90年代に吉本興業が本格的に東京進出してから、芸人がMCを務めるという関西の文化が輸入されたのではないか。」と吉本興業の存在が深く関っていると述べている。
一方、芸人は、より上を狙う意味で番組を仕切る司会者を目指す人が多い。制作者側と芸人本人のニーズが合致した結果、芸人が司会を務める事が多くなってきた[2]。
お笑いタレント 関西芸人と関東芸人
関西芸人は文字通り、関西を地盤とする芸人である。基本的には関西弁を使う。東京で活動していても、関西出身であれば関西芸人と呼ばれる。
一方、関東芸人は狭義には関東地区出身の芸人をさすが、関東地区出身者でなくても、関東で活動していればこう呼ばれる。しかし、東京でデビューした関西出身者や、関西人と他の地域の出身者とが組んだコンビなども存在すること、また関西ローカルで放送される吉本興業系の番組では上京してからデビューした芸人や、大阪でデビューした後に上京し現在は東京に所属している関西弁芸人を「関東勢」に括り、生粋の大阪所属芸人のみを「関西勢」とすることも少なくないため、どちらに属すのかの基準は曖昧な部分も多い。
このような用語は、関西では吉本興業を中心として伝統的にお笑いの文化が根づいているという事実を反映しているが、元々は上方落語と江戸落語の区別に端を発しているといえる。
お笑いタレント 構成
1人の場合「ピン芸人」、コンビ等を組みつつ単独で活動する事を「ピン」と呼ぶ。
2人組を「お笑いコンビ」と言う。ダウンタウンの影響が大きく、これが一番好まれる。
3人組を「お笑いトリオ」、または「お笑いグループ」と言う。
4人組を「お笑いカルテット」[3]、または「お笑いグループ」と言う。
5人組を「クインテット」と言う。
6人以上メンバーで構成される場合は「お笑いグループ」、または「お笑いユニット」と言う。
お笑いタレント 事務所
多数のお笑いタレントを抱える事務所としては、大阪のよしもとクリエイティブ・エージェンシーや松竹芸能、東京ではワタナベエンターテインメントや浅井企画、太田プロ、オフィス北野、プロダクション人力舎、ホリプロコムなどが挙げられる。また、サンミュージックプロダクション、オスカープロモーションなどの異業種からの参入も目立つ。
主なお笑いタレント
ここでは2011年現在、テレビの第一線で活躍している者を指す。( )内は代表番組。 ダウンタウンが断トツで活躍しているが、他のタレントについても明記する。
BIG3
タモリ(森田一義アワー 笑っていいとも!)
ビートたけし(天才・たけしの元気が出るテレビ!!)
明石家さんま(踊る!さんま御殿!!)
司会
笑福亭鶴瓶(A-Studio)
所ジョージ(笑ってコラえて!)
お笑い第三世代
とんねるず(とんねるずのみなさんのおかげでした)
ダウンタウン(ダウンタウンのごっつええ感じ、ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!)
ウッチャンナンチャン(ウッチャンナンチャンのウリナリ!!)
狭間の世代
爆笑問題(サンデー・ジャポン)
さまぁ~ず(Qさま!!)
お笑い第四世代
ナインティナイン(めちゃ×2イケてるっ!)
雨上がり決死隊(アメトーーク!)
くりぃむしちゅー(くりぃむナントカ)
ネプチューン(ネプリーグ)
ロンドンブーツ1号2号(ロンドンハーツ)
お笑い第五世代
バナナマン(コレってアリですか?)
タカアンドトシ(もしものシミュレーションバラエティ お試しかっ!)
キングコング(はねるのトびら)
はんにゃ(爆笑レッドシアター)
ちなみにタモリ、ビートたけし、明石家さんまをBIG3と呼ぶのに対し、とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンをお笑い第三世代代表3人、雨上がり決死隊、さまぁ~ず、くりぃむしちゅーをミドル3(『アメトーーク』より)などと呼ぶことがあり、いろいろな世代のお笑いタレントを3人まとめて総称する傾向がある。